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マンション投資のFJネクストの迷惑勧誘電話被害を取り上げます。
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大場つぐみ・小畑健『バクマン。 18』は大きく亜城木夢叶と新妻エイジの対決と、平丸一也と蒼樹紅のエピソードの二つの内容が盛り込まれる。前半の漫画対決は邪道の漫画家の王道作品と王道の漫画家の邪道作品というコントラストが効いている。満を持して連載を開始した『RIVERSI』であったが、同じく連載を開始した『ZOMBIE☆GUN』との対決の中で思わぬ弱点が露呈する。

『RIVERSI』の弱点は『バクマン。』の作者の前作品である『DEATH NOTE』に該当する内容である。ヒットした自己の作品を貶めているようにも聞こえるが、それも過去の作品に対する深い愛着があればこその話である。過去の作品への愛着がなければ深い分析はできない。過去の作品の上に現在が成り立っている。

後半は、ほのぼのしたパートである。平丸は当初、印象の薄い暗いキャラクターであったが、今ではギャグパートを代表するキャラクターに成長した。これもキャラクターを使い捨てにせず、積み重ねを大事にしている結果である。作中に登場した創作技法である「一話完結じゃない一話完結」を作品自身が実践している。(林田力)
http://www.hayariki.net/5/22.htm
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岸本斉史『NARUTO―ナルト―』は週刊少年ジャンプで連載中の忍者アクション漫画の単行本である。木ノ葉隠れの里の忍者・うずまきナルトらの戦いと成長を描く。ナルトの夢は歴代の勇者、火影の名を受けついで、先代を超える忍者になることである。偉大な師あり、修行ありの少年漫画の王道を進む作品である。

岸本斉史『NARUTO―ナルト― 59』(集英社、2011年2月3日発売)は忍連合と暁が激突する忍界大戦の続きである。先代水影と我愛羅の戦いで幕を開ける。先代水影に絶対防御を破られた我愛羅。オオノキとの連係で攻め返すが、水影の忍術・蒸危暴威で追いこまれる。分身を各戦場に拡散していたナルトの本体は遂にマダラに迫る。

圧巻は五影の勢揃いである。保守的な考えを代表していた土影オオノキの改心と覚悟が見所である。忍界大戦では五大国の忍者が連合して戦うために新キャラクターが続々と登場する。敵側も死者を操る術を使うために過去の英雄が次々と登場する。

これは物語の構成としては難しいところがある。読者に馴染みのないキャラクター同士が並行して戦いを展開するからである。読者が飽きるグダグタの展開に陥りがちである。それでもナルトはキャラクターとストーリーを巧みに絡ませて、読者を惹き込んでいる。オオノキの若い頃のマダラとのエピソードが印象的であった。

『NARUTO―ナルト― 60』(集英社、2012年)はナルトとビー、仮面の男と尾獣の戦いがメインである。表紙に描かれているように尾獣が勢揃いする。尾獣に名前を教えられるナルトと、名前もないという敵が対比的に描かれる。一般に敵の名前を明かさないという設定は敵の底知れなさを演出する効果がある。それに加えて『NARUTO』では名前で呼ぶことで絆を示し、名前がない敵とすることで悪の属性を強めている。

名前を呼ぶことは重要な要素である。東急不動産だまし売り裁判では東急リバブルがマンション購入者・林田力の名前を間違って呼んでいた事実が立証された(甲第44号証、甲第58号証「原告陳述書(三)」)。不利益事実を隠して新築マンションをだまし売りした東急リバブル東急不動産は批判されるが、消費者の名前を間違えるところにも不誠実な体質が現れている。その名前の持つ力を『NARUTO』も描いている。
http://www12.atpages.jp/~hayariki/haya/5/17.htm
『機動戦士ガンダム 0083 ジオンの残光』はOVA『機動戦士ガンダム スターダストメモリー』の劇場版である。キャラクターの絵が劇画チックで固い印象を受ける。ヒロインのニナ・パープルトンがナレーションを担当している点もOVAの筋書きを知っている身には「何だかな」となる。

それでも『ジオンの残光』との副題が『0083』の主題を見事に表している。一年戦争から第二次ネオジオン戦争まで、ジオンは一貫して敵対勢力であった。『機動戦士Zガンダム』では主人公はエゥーゴ(反地球連邦組織)である。

『機動戦士Zガンダム』では一年戦争の好敵手であるアムロ・レイとシャア・アズナブルの共闘も描かれ、一年戦争で解決できなかった地球連邦のスペースノイド支配にメスを入れることが期待された。しかし、結局は地球連邦内でのエゥーゴとティターンズの勢力争いに終始し、エゥーゴは連邦と同化する。そもそも反地球連邦組織と称しながらもエゥーゴのMSはジムの流れをくむもので、連邦のエリート部隊の筈のティターンズのMSがジオン軍的なモノアイ型と倒錯している。

『ガンダム』シリーズの地球連邦対ジオンという構図は正義対悪を意味しない。むしろ、主人公の属する地球連邦の方が抑圧者である。ジオンが連邦の支配から独立を求めることは自然な感情である。『ガンダム』シリーズには主人公勢力と敵勢力が正義対悪に当てはまらないという価値観のギャップが存在する。

『ジオンの残光』も連邦が主人公サイドという枠組みを継承するが、ジオンを英雄的に描き、連邦を卑劣で腐敗した存在とする。連邦の卑劣と腐敗を直視することで、『ガンダム』シリーズの抱えていたフラストレーションを吹き飛ばす効果がある。(林田力)
http://hayariki.net/4/36.htm
『機動戦士ガンダム 第08MS小隊 ミラーズ・リポート』はOVA『第08MS小隊』のダイジェスト版的な劇場版である。『第08MS小隊』は一年戦争を舞台に、シロー・アマダを隊長とするモビルスーツ部隊第08MS小隊の活躍を描く。軍人のシローが敵軍ジオン兵のアイナ・サハリンと交流する中で、人命の尊さや戦争の虚しさに目覚めていく。

『ミラーズ・リポート』は情報部のアリス・ミラー少佐によるシロー・アマダの調査という形式を採用する。それによってシローの人を殺したくないという思想がクローズアップされる。また、情報部の査問という形式により、連邦という硬直化した組織の非人間性も強調される。
http://hayariki.net/hayariki5.htm#3
ガンダムは戦争の物語であるが、悪の敵勢力を滅ぼして万々歳という単純な作品ではない。主人公には反戦思想的なものさえ存在する。戦乱の時代を描くNHK大河ドラマでも主人公は平和主義者に描かれることが少なくない(林田力「『江~姫たちの戦国~』第15回、戦が嫌いな戦国時代劇」リアルライブ2011年4月25日)。平和憲法を抱く日本の平和主義はエンタメにも根を下ろしている。
http://yaplog.jp/hayariki/archive/634
『機動戦士ガンダムUC』は第二次ネオジオン抗争後の宇宙世紀が舞台である。『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』から3年後の宇宙世紀0096年になる。ネオジオンの残党が抵抗を続けているが、テロリスト扱いである。大国同士の戦争はないものの、テロとの戦争を抱える現代に近似する。

宇宙世紀のガンダムシリーズに共通するが、UCの世界でも地球連邦は腐敗している。連邦上層部はネオジオンを人民の不満をそらす矛先として利用していると仄めかされている。これもアルカイダや911事件に対する陰謀論と重なる。

UCの敵勢力は地球連邦と真っ向から対決するジオン公国やネオジオンではなく、テロリスト扱いのネオジオン残党という点で弱小である。しかし、それを補ってあまりある魅力がUCにある。ラプラスの箱という宇宙世紀成立当初の謎が物語のバックボーンとなっているためである。地球連邦は成立当初から欺瞞を抱えていた。歴史的なスパンがあることで物語が重厚になる。

連邦の腐敗は一年戦争から一貫しているが、アムロ・レイは連邦の欺瞞を認識しつつも、結果的に連邦の歯車として行動している。ここに特殊日本的集団主義の支配する当時の日本という社会状況が反映されている。その後、日本社会にも個人主義が芽生えるようになってガンダムの主人公も変わった。

1990年に制作『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』の主人公コウ・ウラキは地球連邦軍の正規兵であるが、連邦の卑劣さに苦悶する。1996年から制作された『機動戦士ガンダム 第08MS小隊』の主人公シロー・アマダも地球連邦軍の正規兵であるが、敵兵と心を通わせ、軍を抜ける。

反体制志向はアナザーガンダムでは一層顕著である。『機動戦士ガンダムSEED』では主人公キラ・ヤマトらは交戦中の二国の何れにも与せず、第三勢力になる。『機動戦士ガンダム00』では主人公らは最初から何れの国家にも属さない。

UCの主人公バナージ・リンクスは、最初は成り行き上、連邦軍に巻き込まれる。これは往年のガンダムシリーズと同じであるが、それに甘んじずにネオジオンと行動を共にする。腐った連邦の歯車で終わらない現代的な主人公である。敵を撃てないと情けない絶叫をする主人公は戦場ではあり得ないが、物語としては人間味があって好感が持てる。

ガンダム世界では連邦の腐敗と反比例するよりも、ジオン軍人は魅力的に描かれている。0083ではジオン軍人の武士道的な美学を描いたが、UCでは追い詰められたジオン残党の悲しさを描いている。(林田力)
http://hayariki.jakou.com/hayariki3.htm#37
島袋光年『トリコ』は『週刊少年ジャンプ』連載のグルメ・アクション漫画である。美食が価値の中心となったグルメ時代において、未知の食材を探求する美食屋トリコの冒険を描く。

『トリコ』の大きな特徴はグルメとバトルの二本立てになっていることである。未知の食材を探求するトリコの前には凶暴な生物や敵対勢力が立ち塞がり、激しいバトルになることが多い。バトルは少年漫画の王道である。一方でバトル中心はワンパターン化の弊害に陥りやすい。「こいつを倒したら、次はあれを倒す」の繰り返しになるためである。トリコではグルメという軸を別に設けることで物語に深みを増している。

第19巻(集英社、2012年)ではグルメカジノでの戦いであるメテオガーリック編が完結する。今回の戦いは神経衰弱的なゲームの対決で、頭脳戦や心理戦の要素もある。このメテオガーリック編が『週刊少年ジャンプ』で連載されていた当時、西尾維新『めだかボックス』でも神経衰弱的なゲーム対決が繰り広げられていた。

また、キメラアントとの死闘が終わった冨樫義博『HUNTER×HUNTER』ではアルカの能力の謎解きという頭を使う内容になった。少年マンガの王道はバトルであり、トリコは間違いなく王道作品であるが、他のジャンプ連載作品と重なって頭脳戦を展開したことは興味深い。

この巻の敵キャラクターは、いかにも悪役という外観である。ところが、戦いの後は、あっさりと「昨日の敵は今日の友」状態になり、物足りない。「昨日の敵は今日の友」は、かつての少年漫画では定番の展開であった。攘夷を叫んだ幕末の志士が文明開化を主導し、鬼畜と罵った米国を戦後は世界で最も強固な同盟国と呼ぶ無節操で歴史性に欠ける日本人のメンタリティには合っている。
http://yaplog.jp/hayariki/archive/621

しかし、過酷なイジメなどの現実と直面する現代の子ども達にとって「昨日の敵は今日の友」展開はリアリティに欠ける(林田力「【コミック】過去の敵への態度に注目『ONE PIECE 第51巻』」ツカサネット新聞2008年9月17日)。実際、圧倒的な人気を誇る尾田栄一郎『ONE PIECE』では敵キャラクターと仲間になるキャラクターでは最初から役回りが異なっている。ニコ・ロビンのように敵陣営に属していた仲間もいるが、本気で主人公達とは戦っていない。

その意味で、メテオガーリック編のラストは安直さを否定できない。一方で料理人の才能への感動を改心の理由としており、グルメに価値をおく作品としては納得できる内容になっている。
http://hayariki.net/hayariki.htm#30
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